その男には妻子がいて
恐妻家とのもっぱらの評判だった
そしてわたしの上司でもあった
そんな男と長年付き合っていた
まだ若かりし頃
奥さんの誕生日と結婚記念日には
必ず花束をプレゼントするらしい
社内では有名な話だった
ある日、と言っても
その日はたしか彼の結婚記念日
帰り際に、彼の車が駐車場に停めてあったので
つい覗き込んでしまった
後部座席には
ガーベラの花束
愛妻家のくせに
わたしなんてただのツマミ食い
ひどい男
そのガーベラを見てもなお
男とは別れられなかった
可哀想な自分に酔っていたのだと思う
カビの生えた一人芝居
別れてしばらくしてから
風の噂で、男が離婚したことを聞いた
何がしたかったの
誰を愛していたの
なんたる時間のロス
そんなことをしているうちに
わたしの20代は呆気なく終わった
もう、二度と会うことはない
もう二度とあんなみじめな恋はするまい